UNKNOWN WORLD 能楽師・安田登さん 特別編
情報誌『shuTOMO』2026年1月12日号掲載の能楽師・安田登さん「UNKNOWN WORLD」の特別編としてWebでお伝えします。〈取材・構成/ブランニュー・金子裕美〉
-「能」は安田さんにとっての「社会的資源」という言葉が印象に残りました。軸があると、活動が広がりやすくなるということですよね。 安田さん 例えば、石油という資源は、車を動かすガソリンにもなりますし、ストーブの灯油にもなります。さらに、洋服を作る化学繊維にもなります。さまざまな可能性をもっているものが資源だと思うんです。「能も資源だ」「社会的資源だ」と思い、そういうことを言い出したのは30年ほど前になります。そんなに大袈裟なものではないのですが、軸を1つもっていると違います。自著を60冊ほど出版していますが、それも能という軸をもったからこそ、自分の興味とつながってできたことだと思っています。 -能楽師になる決心をした理由の一つが「海外公演」というのも面白いと思いました。 安田さん 学校に勤めていたら海外公演に行けなかったですし、思い切って退職したことによって、世界中に活動の場を広げることができました。私はヨーロッパに行くことが多く、今年(2025年/取材時)も行きましたし、来年(2026年)もまた行きます。能の公演だけでなく、「銀河鉄道の夜」など、個人でオリジナルの作品をつくって上演しています。 -今回のインタビューでは、興味をもったらやってみることの大切さを、改めて教えていただきましたが、ちなみに、何かを始めて途中で投げ出したことはありますか。 安田さん あります。あります。たくさんあります。形になるものがいくつかあっただけで……。そうではないものも、もちろんあります。 ー続けるか、やめるか。その境目にあるものはなんだと思いますか。 安田さん 自分に向いているかどうかじゃないでしょうか。私は音楽が好きです。学生時代はジャズで生活費を稼いでいましたが、音楽のプロにはなれないと思っていました。ジャズの場合、黒人には敵わないという思いがすごくありました。山下洋輔さんのように、日本人なりのジャズを極めていく人もいますが、それほどの情熱はありませんでした。かっこいいからやっている私に、音楽の道に進む、プロになるという選択肢はないと思ったので、音楽の道はあきらめました。そうは言っても、興味をもったらまず手を出して、それで続けるかどうかはそのときの直感に従えばいい。そのときに自分を責めないことが大切だと思います。 安田さん これからは、論理では説明しづらいものが大事になると思います。それは「運」と「縁」と「勘」だと思っています。それらはルーツが違います。「運」のルーツは古代中国です。『運命論』という本に「運」や「運命」という言葉が使われています。それが日本に入ってきて、平家物語あたりから使われています。「縁」は仏教哲学なので、ルーツは古代インドです。「勘」は日本です。 「運命」は「運」「時」「命」という3つの要素で成り立っています。「運」というのは大きな流れをいいます。「命」は、その人の生まれです。今の時代でいえば「親ガチャ」でしょうか。どこで生まれ、どのような家庭環境で育ったかということです。 私は銚子で生まれました。祖母も父も戦争で大変苦労したことから、「勝手に生きろ」と言われて育ちました。「勉強をしろ」と言われたこともなければ、参考書を買ってもらったことも、塾や予備校に行かせてもらったこともありません。その「命」をどう変えていくかが「時」です。右側の「寺」は、もともとは何かをつかむという意味です。同様に「寺」がつく文字で、「待」(ぎょうにんべんに寺)があります。これはある場所に止まって、何かを待つという意味をもちます。つまり「時」は、流れる時間の中で「まさにそのとき」をつかまえる力をいいます。「運」をつかまえる力といってもいいでしょう。どんなにいい「命」でも、「時」をつかまえることができなければ、それは流れて行ってしまいます。そして、どんなに悪い「命」でも「時」をつかまえることができれば、「運」を自分のほうに引き寄せることができるのです。私は最初、それを麻雀で学びました。 「縁」は仏教由来です。「因縁」という言葉がありますよね。因縁の「因」は原因の「因」です。「花が咲いた。だからチョウが来た」、これが「因」です。あるいは「この人と出会うといいことがある。だから出会いをつくる」は、「因」の考え方です。しかし、「チョウが来た。だから花が咲いた、とも言えるのではないか」、それは「縁」です。つまり「この人の知り合いになると、自分にとってプラスになりそう」という考え方は「因」であって「縁」ではないのです。偶然の出会い、因果関係のない出会いが「縁」なのです。 -そうした考察が麻雀から始まっているというのがおもしろいです。どんなものにも学びのきっかけがあるということですね。 安田さん 言葉には、そもそもの意味があります。そこから入ると腑に落ちます。例えば、旧約聖書を読もうと思ったらヘブライ語を学ぶといいですし、新約聖書ならギリシャ語を学ぶといいです。ヘブライ語を学んでいるうちに、それより古い言語であるアッカド語を学びたくなりましたし、さらに古いシュメール語にも手を伸ばしていきました。1つ知ると、それにつながるものもどんどん知りたくなる。そういう学び方をすれば飽きることがありません。 もう一つ大事なことは、(得られた知識を)アウトプットすることです。自分の言葉で発信すると、頭の中が整理されるからです。寺子屋(安田さんが講師を務める学習の場)にしても、講演にしても、話をしている最中に、「あれっ?」という顔をしている人がいたら、私の理解が今ひとつ足りないということ。その場合はもう少し深める必要があると思っています。 -能の世界でお稽古を積んできて、ご自身の中に一番根づいたものはなんですか。 安田さん 時間感覚ですね。急がなくていいということです。駆け出しの頃、舞台で大失敗して、師匠に「すみません、こういう失敗をしました」と報告しなければいけなかったんですね。すごく厳しい師匠なので怒鳴られる覚悟で話をしたら、全くそういうことはなくて、「そんなこと10年経ったら誰も覚えてないよ」と言われたんです。その10年という感覚に驚かされました。鼓の皮を張ったときに、「今は全く音が鳴りません。でも、50年くらい毎日打っていれば音が鳴るようになります」と言われたんです。その時間感覚です。小学生は特に、なかなかそういうふうに思えないかもしれませんが……。10年経てば(世の中は大きく変わって)今ある仕事がなくなったり、今ない仕事ができたりします。だから「今、すごく興味のあることを一生懸命やればいい」と伝えたいです。能のおかげで人生が広がった
何かを諦めたときに自分を責めてはいけない
「運」と「縁」と「勘」を大事にしよう
今、興味のあることを一生懸命やればいい
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